02


「ジャケット、ありがとう」

「あ…はい」

差し出された手に慌てて玲士さんのジャケットを乗せる。顔を見れずに手にしたワインレッドのジャケットに視線を落とせば、するりと手にしていたジャケットを取られた。

それにつられてぱっと顔を上げれば玲士さんと視線がぶつかる。

「あ…」

「良い色だな。晴海君、ちょっと着てみたら」

ほらと有無を言わさずジャケットを広げられて、断れずに俺はおずおずとジャケットの袖に腕を通した。

思った通り着心地も良い。だだ…

「大きい?」

「そうだな。これだと一つ下のサイズの方が晴海君には良いかもしれない」

「そんな。俺、普段から服はこのサイズなんだけど」

小さいと言われたようで微妙にショックだ。

「まぁ、物によっては少しサイズが変わる時もあるから」

袖を通したジャケットを脱いでいる間に玲士さんが同じジャケットでワンサイズ下のワインレッドのジャケットを持ってきてくれる。
受けとる前にまた広げられて俺はお礼を口にしながらジャケットに腕を通した。

「あ…ちょうど良い?」

「みたいだな」

重ねて小さいと言われたようで俺は神妙な表情になる。すると何故かやんわりと腕を引かれて正面から抱き締められた。

「えっ…!ちょっ、玲士さん何して…!」

「俺はこのサイズで良いと思うよ。無駄にでかいよりいいじゃないか」

な、と顔を覗き込まれて思わずこくこくと頷いてしまう。今日の玲士さんには何だか有無を言わさぬ力がある。

「じゃぁ、次は晴海君の服見ようか?」

緩んだ腕にジャケットを脱がされ、近くにあった買い物カゴに玲士さんの購入する服と共にばさばさと入れられる。
それを見て、熱くなった顔から熱が引いた。

「俺、自分のは…」

「あぁ、お金の心配なら必要ないよ。俺が買うから」

「いや、でもっ…」

「デートでは彼氏に甘えるもんだ。俺の面子を潰してくれるな」

あわあわと慌てる俺に対し玲士さんは酷くクールで、落ち着くようにとくしゃり頭を優しくひと撫でされてしまう。

「う…」

「いいな、晴海」

「…はい」

更に言い募ろうとすれば、ぴしゃりとはね除けられてしまった。







結局、玲士さんにはジャケットにパーカー、カーゴパンツまで買って貰ってしまった。

「本当に良かったの?」

お昼時になり入ったイタリアンレストラン。
テーブルを間に挟んで向かい側に座った玲士さんはどこか上機嫌で、俺は伺うように聞き直した。
既に料理の注文は終えていて、料理が運ばれて来るのを待つ。

玲士さんはグラスに口を付けると、すっと細めた眼差しで俺を見た。

「何をそんなに気にしてるのか分からなくはないけど、可愛い恋人を着飾りたいと思うのは当然だろう?」

今日に限って良く耳にする可愛い恋人。
真っ直ぐに見詰められてどきりと胸が騒ぐのと同時にきゅぅと胸が苦しくなった。

「…っ、でも俺は玲士さんの本当の恋び…」

「恋人だろ」

喋っている途中で言葉を遮られ、どこか真剣さを帯びた表情で告げられ俺は息を呑んだ。

「それは…」

そうだ。恋人に間違いはない。けどそれは俺から頼んだ偽りの恋人役で。

短い沈黙の落ちた間に料理が運ばれて来て並べられる。
手元に置かれたシーザーサラダに視線を落として俺は何とか口を開いた。

「そうだけど。…俺なんかで良いのかなって、思って」

「それはどういう意味だ?」

顔を上げれぬまま、思ったままを答える。

「俺があんなこと言い出さなければ、今頃玲士さんは俺なんかじゃなくてちゃんとした彼女と…」

「晴海。言っただろう。俺の恋人は今目の前に座ってるお前だけだ」

「……っ」

たとえそれが嘘の言葉だと分かっていても嬉しいと思ってしまう自分がそこにはいた。…駄目なのに。

「俺が信じられないか?」

「そんなこと…ない」

「なら、俺を信じろ」

ぽんぽんと、伸びてきた手に優しく頭を撫でられ俺は…気付いてしまった。この気持ちがなんなのか。

…駄目なのに。気付いてはいけなかった。

まだ数回しか会ってもいないのに。
俺、玲士さんが好きなんだ。

好きだからその言葉が嬉しくて、…苦しい。
この関係は俺の卒業と同時に終わりを迎えるのに。

「……っ」

「晴海?」

「…ぁ、何でもない。お腹空いたな。さ、食べようっと」

玲士さんの顔を見れないまま俺は急いでフォークを手に取り、サラダを口に運んだ。

その姿を玲士さんが訝し気に見つめていたとは知らず、俺は気付いてしまった自分の気持ちに蓋をするのに手一杯で、味付けもよく分からぬまま機械的に料理を口にしていた。







会話も少なく昼食をイタリアンレストランでとり終えた俺は、ほんの少しだけ玲士さんから離れて隣を並んで歩く。

買って貰ってしまった服の入った荷物は何とか自分で持つと言って左手に提げ、歩く度に足元でガサガサと袋が音を立てた。

「………」

何だか気まずい。
どうしよう、と考えてる時にタイミングが良いのか悪いのかマナーモードにしていなかった俺の携帯がポケットの中でいきなり鳴り出した。

「わっ!」

足を止め、あたふたと携帯電話を取り出せば玲士さんに腕を引かれる。

「道の真ん中じゃ危ないし邪魔になるだろ」

「あ、ごめ…。っと、じぃちゃんから電話だ」

道の端に避けてちらりと玲士さんを伺えばおじいさんなら出た方が良い、と促される。
俺は頷き返しながら通話ボタンを押した。

「も、もしもし…?」

『おぉ、晴海か!お主今何処におるんじゃ?今、お前の家にいるんじゃが…』

「えっ、何でじぃちゃんが家に?…あぁ、うん。うん…、今は玲士さんと一緒に…えっ!?何言ってんだよ!駄目だよ、駄目!絶対駄目!そんなの玲士さんに迷惑だろっ」

じぃちゃんから告げられた突拍子もない台詞に顔を赤くしたり青くしたりしていれば、とんとんと玲士さんに肩を叩かれる。

「あっ、ちょっと待って!」

俺は電話口に向けて強く言い、玲士さんにすがるような眼差しを向けた。

「何か大変なら俺が代わろうか?」

「是非。それで何とかじぃちゃんを説得して下さい」

耳にあてていた携帯を玲士さんに手渡す。

「もしもし、お電話代わりました。三上です。はい、…いえ、こちらこそお世話になってます。はい…えぇ…」

いきなりの事にも動じることなく、そつなくこなす玲士さんの姿にどきりと胸が鳴る。

「…っ、駄目…なのに」

気付いてしまった想いを振り払うようにぶんぶんと頭を左右に振った。

「晴海君をですか?家に?…はい、…えぇ、構いませんが」

耳に飛び込んできた返事に俺はぎょっとして玲士さんを見上げた。

「分かりました。明日のお昼頃そちらに伺います。はい、失礼します」

プツリと切れた通話に、信じられない思いで俺は口を開いた。

「玲士さん…?あの、じぃちゃんの話…」

「受けたよ。おじいさんは晴海をよろしくって」

「なんでっ」

「断る方が不自然だろう。恋人の部屋に一泊ぐらい、普通はするものだ」

それは本物の恋人同士だったらの話だ。

はいと返された携帯電話を受け取りながら俺は重苦しくなった胸に言葉を詰まらせた。



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